市島邸の続きです。
玄関を通り過ぎると、書斎と帳場があります。
書斎は市島邸唯一の洋間で、図書館としても使われていたそうです。市島邸には
たくさんの蔵書が残っていますが、ここにあるのは、ほんの一部だそうです。
書斎においてあるオルガンは、1929年に天王小学校増改築の際に、その費用の
大部分を市島家が寄付し、併せてこのオルガンも寄贈したとのことで、当時の
「YAMAHAオルガン」です。2009年に小学校のご厚意で、78年ぶりに里帰り
してきたそうです。
隣には帳場があります。
豪農の市島家ですから、どんなやり取りが行われたのか、想像が膨らみますね・・・。
帳場の隣には番頭さんの休憩室もありました。
母屋に向かう廊下には、立派な長持ちがあります。
この長持ちは、市島家最後の当主、9代徳厚に嫁いでこられた、岡山県津山藩
松平家の隆子様のお嫁入り道具や身の回りのものが入っていた6棹の一部です。
隆子様は松平家のお姫様でしたので、村人からは市島家のお姫様と呼ばれていた
ようです。
渡り廊下をさらに進むと、家族の住まいとして使われていた南山亭にたどり着き
ます。広さは93畳、全12部屋からなります。
南山亭をはじめ、生活に用いられる部屋からは、必ず庭園を眺めることが出来る
造りになっています。
今では再現できないとされる、大正ガラスを用いた建具があちこちに施されて
います。
展示物の中に、明治31年の全国多額納税者リストがありました。上位20名の
トップは市島家だったというのに驚きましたし、20名の中に新潟県の豪農の方が
8名も入っているのにも驚きました。
話が長くなりましたが、母屋を後にして、庭の散策に出かけたいと思います。
無造作に置かれた、傘入れや、腰掛にも趣がありますね・・・。
さあ庭に出てみましょう。
次回に続きます。