柏崎の大地主として栄えた飯塚家。飯塚邸は、近世における越後の富豪階級の
生活ぶりが伺える越後の上質な和風建築を今に伝える建築物です。
新潟県内のあちこちの豪農の館を訪れたことはありますが、ここは初めて訪れ
ました。
閑静な村中にある建物です。


昭和22(1947)年10月、昭和天皇が新潟県を巡幸された際に「行在所(あんざい
しょ)」として飯塚邸に滞在されました。
滞在時にご覧になった庭園は、天皇陛下より「秋幸苑(しゅうこうえん)」の名を
賜りました。

表門は、番所を備えた長屋門で、両側に土蔵を伴う重厚な造りになっています。
表門を潜り振り返ると、左右に表門の「下手蔵」と「上手蔵」があります。
下手蔵から見て行きます。


下手蔵は、以前は飯塚家の食料保管庫として、主に米俵を収納していた蔵で、
年貢米2000俵が収まっていました。現在は飯塚家で使われていた民具を中心に
「民俗資料展示室」となっています。

中に入ると左手に甲冑がありました。

実際にご先祖様が着た物かな?収集品かな?
法眼永真作の「那須与一扇の的 屏風六曲」が展示されていました。
法眼永真は江戸時代初期の狩野派の絵師とのことです。

2階に上がってみました。
中央天井の梁と柱は以前使われていたものをそのまま使っています。

色々な生活用品が展示されています。


これは何でしょうね・・・。

床飾りですがかっこいいですね・・・。

上手蔵にも行ってみます。


上手蔵は、以前は飯塚家の食料保管庫として、主に1本5斗樽(90リットル)が
7~10本並んでいたとのことです。現在は飯塚家で使われていた調度品を展示する
「民俗展示資料室」として使われています。





2階にも色々展示されています。

綺麗な食器や金継ぎの茶碗などが目を惹きました。



蔵を見終わったので、前庭を通って、邸宅に向かいましょう。

正面左手には、客用玄関に向かうための門があります。

先ずは主玄関から中に入っていくことにしましょう。

長くなったので、次回に続けます。