たのしみごと

日々のちょっとした出来事を書いてみました

山形の旅:立石寺①

 2025年11月5日~11月7日に2泊3日で訪れた「山形の旅」。

 1日目は「ドッコ沼」に行った後、立石寺(りっしゃくじ)」に行きました。

 

 山形旅行を考えた時に、絶対行きたいと思った場所です。

 相当前に訪れたことがある場所ですが、兎に角、きつかったことを覚えています。

 これ以上年齢を重ねると、登れないのではないかと思い、今回訪れてみました。

 

 立石寺に行く前に、腹ごしらえをします。

 駐車場から橋を渡り、門前町に向かいます。

 

 景色がきれいです。

 

 色々お店はあったのですが、私たちは麺類が好きなので、本格手打ちと書かれた

 看板に魅かれ「美登屋」というお店を選びました。

 

 お昼近くだったので、どの店も混んでいましたが、こちらのお店も満員。

 少し待って頂くことが出来ました。

 麺はコシがあって香りも良く、海老天もサクサクでおいしかったです。

 だしのお味も私好みので、美味しくいただきました。

 

 食事をした後は、早速登り口を探して歩きます。

 

 案内表示を発見し、ここから登っていきます。

 いきなりの階段・・・。この先が不安になります。

 

 階段を登りきると、立石寺 本堂(根本中堂)が見えます。

 

 正式には、宝珠山立石寺といい、通称『山寺』と呼ばれています。

 立石寺の創建は貞観2年(860年)。天台座主3慈覚大師円仁が開いた天台宗

 御山で東北を代表する霊山です。

 俳聖・松尾芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の名句を紀行文「おくのほそ道」

 に残したことでも知られています。

 

 

 「招福布袋尊がありました。

 身体を撫でてお祈りするとのことだったので、遠慮なく体のあちこちを撫でさせ

 ていただき、お祈りしました。

 

 堂内は暗くて良く見えなかったのですが、根本中堂の内陣には、立石寺の開山の

 時、慈覚大師が比叡山に灯り続ける「不滅の法灯」を移したものとされる灯火が

 あるそうです。織田信長による比叡山焼討ちにより比叡山の不滅の法灯が途絶え

 た際には、立石寺の灯火から分灯されたとのことです。

 また2021年に開催された「東京オリンピック・東京パラリンピック」の際には、

 立石寺の「不滅の法灯」も聖火の一つに選ばれたそうです。

 

 芭蕉句碑がありました。

 これは「閑さや巌にしみ入蝉の声」の芭蕉の句碑で、門人たちが嘉永6年(1853年)

 に建てた物とのことです。彫られた文字は大分見えにくくなっていました。

 

 鳥居を潜って進むと、右手に日枝神社、左手に「大イチョウがあります。

 この大イチョウは、根元周りが約10mの巨木で、日枝神社の御神木だそうです。

 以前は樹高が30m位ありましたが、昭和47年9月17日の暴風で、地上4mほどの

 上部で折損し樹冠の大半を失ったそうですが、その後ここまで樹勢が挽回した

 とのことです。見事な木でした。

 

 「亀の甲石」もあります。

 亀の形をしたこの石は、古来より延命・長寿の霊験ありと伝えられいて、小銭に

 名前を書いて供え置けば、願いが叶うと謂われているそうです。

 何処が良くなってほしいと願って置いたのか、見てとれました。

 

 少し進むと、芭蕉曽良の像」がありました。

 芭蕉像は昭和47年に株式会社「でん六」の伝六さんが建て、平成元年に伝六さんの

 息子の鈴木伝四郎さんが建てたとのことです。

 

 いよいよ、立石寺の石段を登っていきましょう。

 奥之院まで続く1015段の石段です。登ることで煩悩が消滅すると伝えられています。

 煩悩だらけの私の煩悩も減ると良いのですが・・・。

 

 

 この石段の先には、姥堂があります。

 この堂の本尊は「奪衣婆」の石像で、ここから下が地獄、ここから上が極楽という

 浄土口とのこと。

 この堂の左手には「笠岩」とも「笠投石」ともいわれる大きな岩があり、慈覚大師

 が雨宿りした所と伝えられています。

 

 道の脇にはあちこちに観音菩薩像が置かれています。

 一つ一つ違いますが、どれも清らかな優しい顔立ちの像でした。

 

 「修行者の参道」と呼ばれる山の自然に沿って作られた参道を歩きます。

 

 まだまだ、先は遠いのですが、長くなったので次回に続けます。