山形の旅、最終日。最後の訪問先の「旧風間家住宅(丙申堂)」の続きです。
広い板の間から、箱階段を上がって「大工部屋」まで見ました。
板の間の脇には、「御勝手」があります。



使い勝手の良さそうな台所です。
仕様人や家の方々の食事を作ったのでしょうね・・・。
板の間には囲炉裏もあり、寛ぎながら過ごしていたのでしょうね。

お勝手の外には、ひさし付きの通路があります。
大きなものを洗ったり出来そうですね?

2階に上がると、家の全体が見えます。


特徴のある屋根が目を惹きます。(石置屋根)
杉の皮を重ね、その上に石を配置することで葺かれた屋根です。この手法は、明治
時代にはこの地域で広く見られたものでしたが、現在ではこの規模の屋根は酒田市
の「旧鐙屋」とこの建物に限られており、約4万個もの石が巧みに配置されたこの
屋根は非常に貴重なものとのことです。



1階に降り、庭を見ながら「とおり」を歩いて、玄関近くの「小座敷」に向かい
ます。


すごい形の木がありました。

(小座敷)

丙申堂は、「映画 マラソンサムライ」「必死剣 鳥刺し」「蝉しぐれ」など、色々
な時代劇の撮影で使われ、この小座敷は「蝉しぐれ」で使われたようです。

部屋の中央の台は「村上堆朱」でしょうか?赤い色合いが美しかったです。

一通り見て廻ったので、ここで終了しようと思ったのですが、受付の方や関係者と
思われる方々から「是非、釋迦堂も見て行ってください。」と勧められたので、行っ
て観ることにしました。
釋迦堂は丙申堂から、歩いて1分程のすぐ近くにあります。


丙申堂の別邸として知られる無量光苑釋迦堂は、明治43年に建造された数奇屋風
建築の建物です。上質な杉材が使用されており、来客をもてなす際などに使われて
いたとのことです。意匠・構造などに秀でていることから、2002年に登録有形文化
財として国から指定されています。
こじんまりとした建物でしたが、あちこち凝った造りをしていました。


この建物には創建時より「無量光」(黄檗宗の三筆と称せられた木庵の書)を掲げ
ていました。そこから八代目当主が建物と庭園を含めて「無量光苑」と名付けま
した。
そして、九代目当主が東京帝国大学印度哲学学科・常盤大乗師より寄贈された石仏
釋迦像を安置し、現在の建造物および庭園を含めて「無量光苑 釋迦堂」と命名した
とのことです。
「無量光」の額が掛けられています。

お部屋中央の床の間に、石仏の釋迦像が鎮座していました。
その背後には、丙申堂にもあった「聖徳太子17条憲法」が掛けられていました。

お部屋から眺める庭も素晴らしいです。


広さ約2,700平方メートルもの庭園には、樹齢200年を越えるソメイヨシノ、山桜、
枝垂れ桜、ツツジ、モミジ、ツバキ、ハギなど数多くの花木があり、季節ごとに
美しい庭を見ることが出来るようですが、訪れた時はほとんど花は咲いていません
でした。白ツツジの時期が一番美しいとのことです。

(山形県公式観光サイトより)
ツバキ?さざんか?が咲いていました。

奥には茶室もありました。

さっと見て終了にしました。
さあ、新潟に帰りましょう。
2泊3日で巡った山形。
クマ出没がなければ、見る場所やコース取りも変わったのかもしれませんが、色々
な場所を訪れることが出来て、楽しい旅となりました。
機会があれば、また山形に来たいと思います。
長い間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
山形の旅は終了です。