たのしみごと

日々のちょっとした出来事を書いてみました

長野旅行:国宝松本城(日中編①)

長野旅行1日目、最後に訪れたのは「国宝松本城」

今回の旅行の際に、真っ先に訪れたいと思ったのが松本城。なので今回の旅行は、宿泊先やスケジュールもここを中心に考えました。

車を停めるのが大変そうだったので、まずはホテルにチェックインしてホテルの駐車場に車を停めました。ホテルは松本城から一番近い「松本丸の内ホテル」。松本城までは徒歩で数分の所にあります。

宿泊客は2/3位が海外の方でした。

                        (松本丸の内ホテル公式HPより)

17:30から「夜桜会」がありますが、まずは日中の松本城を見に行くことにします。

 

松本城の周りはぐるっとお堀が巡らされています。

城内に入って行きましょう。

お城の方を見ると、遠くに北アルプスも見えました。

公園内は後で見ることにして、まずはお城に入城しましょう。

松本城は、姫路城、彦根城、犬山城、松江城とともに国宝に指定されています。戦国時代に築かれ、現存する五重六階の天守としては日本最古を誇ります。

観光客の半数以上が海外の方でした。さすが国宝松本城ですね・・・。

門を潜って入場料を支払い、中に入ります。

直ぐに黒門が見えてきます。

黒門の中には甲冑や松本城歴代藩主の案内板がありました。

海外の方は、甲冑の前で写真を一生懸命撮影していました。

松本城の前身は、1504年(文亀4年/永世元年)に築城された「深志城」(ふかしじょう)だとされる説が有力視されていますが、詳細は分かっていないとのこと。

戦国時代には、小笠原長時、武田信玄、小笠原洞雪と目まぐるしく城主が交代し、「小笠原貞慶(おがさわらさだよし)」の時に松本城と改名し、城と城下町の整備が始まったとのことです。そののち、1590年(天正18年)に徳川家康の家臣「石川数正(いしかわかずまさ)」が入城し、その後に家督を継いだ「石川康長」(いしかわやすなが)」の時代に「天守」が完成、「乾小天守」(いぬいこてんしゅ)、「渡櫓」(わたりやぐら)の天守3棟をはじめ、御殿や門、櫓、塀などを建設し、松本城の基礎を築いたといわれています。

石川数正が入城してから、1867年(慶応3年)に「大政奉還」が行われるまでの松本城の城主は、6家(石川氏、小笠原氏、松平氏、堀田氏、水野氏、戸田氏)23人。最後の城主となった戸田氏は、1726年(享保11年)から約145年間の長きにわたって城主を務めたとのことです。

長い歴史があるのですね・・・。

 

黒門を通って中に入ると、目の前に城がどーんと見えます。

早速お城の中に入って行きましょう。

入場者が多く、人の列に流されるように進むので、どこを歩いているのかも解らず、撮影も思うようにできませんでした。

矢狭間鉄砲狭間が各所にありました。

途中の階には、鉄砲の展示がありました。

色々な鉄砲があります。

これが鉄砲?と思うものもありました。

面白いけど使い方が想像できませんね・・・。とにかく鉄砲の展示が異様に多かった感じがしました。

天守4階には「御座所(ござしょ)」があり、戦いにおいて最終局面に追い込まれた際には、城主がここに座を構えていたそうです。

4階から5階に上る階段は、約61度と急な角度に設置されていて、手摺にしがみつくようにして上りました。撮影禁止でしたが、なにより怖くて撮影どころではありませんでした。

最上階である天守6階からは、城下町や北アルプスの山々など360度の絶景を見ることが出来ます。

「国宝指定書」が展示されていました。

どうやってたどり着いたのかは定かではないのですが(皆さんの歩く通りに付いて行ったので・・・)「辰巳附櫓」(たつみつけやぐら)、「月見櫓」(つきみやぐら)も見ることができました。

辰巳附櫓には、禅宗寺院の建築に見られる「花頭窓」(かとうまど)」と呼ばれる優美な窓があります。

月見櫓からも景色が良く見えます。

さあ、松本城公園内も散歩してみましょう。

次回に続けます。