たのしみごと

日々のちょっとした出来事を書いてみました

福島旅行:はなもも回廊

福島県郡山市を巡っています。

紅枝垂地蔵のすぐ裏山には、「はなもも回廊」と呼ばれる色々な花が咲く場所があります。ここ最近は訪れていなかったのですが、今が見頃とのことだったので、頑張って登ってみました。(4.13撮影)

少し坂を上ると、まずは竹林が見えてきます。

その後は緩い坂道を歩いて行きます。

道脇には色々な花が咲いていて、楽しみながら歩くことが出来ます。

もちろん、はなももも沢山咲いています。色とりどりで可愛らしい花ですねー・・・。

少し歩くと「見晴らしの丘」に着きました。

といっても、木々が沢山で景色はほとんど見えませんでした。

はなももの木が多いのですが、さくらの木もあちこちにあります。

道路側に降りる道があったので、そちらに行ってみます。

両脇に花が咲く小径です。

道を下り振り返って見ると、丘を覆うように花が咲き乱れています。美しいとしか言いようがありません。畑のような場所にも花が沢山咲いていて、どこを見ても花、花、花・・・。

道路を挟んだ山も桜などで一杯。

桃源郷というと大げさかもしれませんが、そう思えるくらい素敵でした。

紅枝垂地蔵桜を見に来て、花が咲き誇る「はなもも回廊」を見ることが出来て、来て良かったと思いました。

次は、近くに咲く1本桜を見に行きましょう。次回に続けます。

福島旅行:上石の不動桜・紅枝垂れ地蔵桜

福島への桜旅2日目。

今まであまり見ていなかった桜を見る予定にして旅行に来ましたが、天気と桜の開花状況を調べて、郡山市や三春町の桜を見てまわることにしました。

 

上石の不動桜(あげいしのふどうざくら)

福島県郡山市中田町上石字館にある紅枝垂れ桜。ここは何度か訪れていますが、美しい桜です。

樹齢は推定350年、樹高16m、枝張18mで「三春の滝桜」の子孫といわれています。桜の脇に不動明王を祀る仏堂があることから、不動桜と呼ばれています。郡山市の天然記念物に指定されています。

この仏堂は幕末に上石に移り住んだ三春藩士が寺子屋として利用しており、当時の子供たちの落書きなども残っているとのことですが、人が多かったのでお堂の中は良く見れませんでした。

木の下には菜の花が植えられていて、桜と菜の花、そして空の青さが相まって美しいです。

樹形も美しく、沢山の花を付けています。

幹は太く、年月を感じさせてくれます。

お堂の中央に不動明王が鎮座しています。

下から見上げると、枝が四方に張り巡らされている感じですね・・・。

花も可憐で可愛らしいです。

 

紅枝垂地蔵桜

次いで訪れたのは、人気のスポットの紅枝垂地蔵桜。この日も沢山の観光客が訪れていました。駐車場は満車状態でしたが、運よく停めることが出来ました。

紅枝垂地蔵桜は、「三春の滝桜の娘」といわれるしだれ桜で、樹齢は約400年。
妖艶なピンクの花が特徴といわれています。
この桜の下には地蔵堂があり、昔から赤ん坊の短命、夭折(ようせつ)の難を逃れるため、この地蔵に願をかけていたといわれています。

この桜も、郡山市の指定天然記念物となっています。

人が多いので、遠目で撮影しました。

向きによって桜の樹形が違っていて楽しいです。

駐車場の位置から撮るのが樹形が一番きれいなのかな?・・・。

 

紅枝垂地蔵桜の近くに、一面にはなももの花が咲き並ぶ『はなもも回廊』があります。

次にそこを歩いてみることにしました。次回に続けます。

福島旅行:昌建寺しだれ桜・金比羅桜・翠ヶ丘公園ライトアップ

福島旅行1日目の最後のアップになります。

白河市から須賀川市に向かう途中で桜を見てまわりました。

 

昌建寺しだれ桜

昌建寺は福島県西白河郡泉崎村にあり、永正6年(1509)創建と伝えられている曹洞宗のお寺です。

その境内には、樹齢230年といわれる立派なしだれ桜があります。

階段下から見ても立派な木であることが解ります。

急な階段を登って境内に入って行きます。

本堂前にその桜はあります。

鐘楼と桜のコラボが美しいです。高台にあるお寺なので、境内から見る景色もきれいでした。

この桜は、平成になってから、一時は弱って枯れてしまいそうな状態になりましたが、寺や檀家の方たちによる懸命な回復作業によって、現在では枝が地面につきそうなほど元気な姿に回復したとのことです。

花は終盤でしたが、流れるようなしだれ具合が素晴らしい桜でした。

金比羅桜

福島県石川郡玉川村大字中字向62の小針竹千代氏が所有する古木の桜で、個人宅の庭に悠然と立つ樹齢300年の紅しだれ桜です。幹の太さは4.5m、樹高は13mにも及ぶ一本桜。

花は終わりかけで、ライトアップも前日で終了したのだと申し訳なさそうにお家の方が話してくださいました。いえいえ、個人宅のお花を見させて頂くだけでありがたいのに、やさしく色々教えて下さって、ありがたかったです。

解りにくいかもしれませんが、ライトアップ用の電飾です。個人でお金も取らずに、このような大規模な仕掛けをして、見る人を楽しませてくださるなんて、感謝の気持ちでいっぱいです。お言葉に甘えて庭を見せて頂きました。

この桜は、天明・天保の大飢饉の後、小針家のご先祖様が、金毘羅詣りの記念樹として植樹されたと言い伝えられているとのことです。木の下に説明の石碑が建っていました。

かつては農作業の目安となる「種まき桜」と呼ばれていましたが、昭和55年に桜の傍らへ金毘羅様と大山阿夫利神社を祀る祠を建ててから、現在の「金比羅桜」と命名したそうです。

庭には、お家の方々が手をかけた、色々な花や木が植えられ、小径も整備されていて、花を見てまわるだけでも楽しかったです。

木の下に植えられているスイセンと桜のコラボが美しい景観を造っていました。

お家の方々のやさしさと美しい桜や花畑を見ることが出来て、ほっこりとした気持ちになりました。

 

翠ヶ丘公園ライトアップ

宿泊先のすぐ近くにある翠ヶ丘公園。

園内は起伏に富み、市の木であるアカマツを主体とした自然林の中には、梅林広場や北芝生広場、展望デッキ、わんぱく広場のほか、新池や博物館などがあり、多くの利用者に親しまれ、日本の都市公園100選にも選定された須賀川市を代表する都市公園です。

翠ヶ丘公園を流れる「須賀川」の両岸約1kmに渡り180本ほどの桜並木があり、ライトアップも行われているということで、ホテルで少し休憩後に出かけてみました。

赤い太鼓橋が架かっていて、綺麗でした。

ライトが当たっている場所は明るいのですが、それ以外の公園内は真っ暗でした。さすがに公園内の散策は怖くてできませんでした。

日中の桜と赤い太鼓橋も美しいようです。

                  福島観光情報サイトふくしまの旅より借用

時間があれば公園内もゆっくりと散策したかったのですが、今回はパスしました。

 

ちなみに今回宿泊したのは「KOKO STAY須賀川」。※以下の写真は公式HPより借用。

宿泊は1泊朝食付きで2人で10,780円。(夫がじゃらん会員ということもあって少し値引きが入っていますが・・・)このご時世にこの価格はびっくりでした。お部屋も朝食も普通のビジネスホテルと何ら変わりがなく、快適に過ごすことが出来ました。

あまり普段は、ホテルの写真は載せないのですが、今回は値段の安さにびっくりして載せてしまいました。機会があれば宿泊の参考にしていただければと思います。決してホテルのまわしものではありませんので・・・。

 

1日目の桜を求めての福島旅行。2日目は天気予報を見て、桜が咲いていそうな場所を探して、お出かけしましょう。

次回から、福島のさくら旅2日目になります。お付き合いください。

福島旅行:聯芳寺のしだれ桜・高萩のしだれ桜・本沼花見山の桜

福島県への桜旅の続きです。

白河市の「城下町白河のしだれ三桜」を見た後、もう少し白河の桜を見てまわります。

 

聯芳寺(れんぽうじ)

聯芳寺は、結城宗広の伯父、広綱が娘の菩提を弔うために建立したと伝えられている寺です。かつては6本の桜の木があり、「花は聯芳」といわれていました。

駐車場に車を停めると、美しい桜がお出迎えしてくれます。

現在、境内には樹齢40年から200年と言われる4本のしだれ桜があるということでしたが、沢山立派な桜の木があるので、どれなのかはよく解りませんでした。

門に向かいましょう。

門の前にあるしだれ桜の木は立派でした。

門を潜って中に入ると、左手にも美しいしだれ桜の木が見えます。

本堂裏には、樹齢300年ともいわれている紅しだれ桜があるとのことでしたので、行ってみました。

目の前に背の高い立派な木が見えてきます。樹高15mの紅しだれ桜です。

背景にお墓があるので、中々上手く撮れませんが、立派な樹形をしています。終わりかけではありましたが、美しい木です。

 

高萩のしだれ桜

白河市表郷社田字太夫屋敷の高台にあるしだれ桜。国道289号から見ることもできるのですが、道は中々解りにくく、細い道をくねくね走ってやっとたどり着くことが出来ました。

地域の方が書いた手書きの案内板によると、昔、この辺りに白河城主阿部家の家老屋敷があったと言われているとのこと。幕末の戊辰戦争の頃、果樹園を拓きましたが、霜害に悩まされて失敗し、北海道に移ったと伝えられているとのことでした。このしだれ桜の樹齢は350年~400年といわれており、阿部家が幕末の1866年(慶応2年)に、陸奥国棚倉藩(白河郡 ・ 菊多郡 ・ 磐前郡 ・ 磐城郡 などを支配した藩)10万石へ転封となったことを考えると、その頃、この桜は植えられたのかもしれませんね・・・。

桜の時期は、ライトアップも行われるとのこと。村中にぽつんと立つ1本桜でしたが、駐車場を整備したり、周りの草を刈ってきれいにしてあって、地域の方が大切に守っている桜だということを感じさせられました。風景と共にほっと癒されるしだれ桜でした。

 

本沼花見山の桜

地元有志「しらかわ本沼花見山づくり会」によって10年以上の歳月をかけ整備された桜の名所です。約13haの広大な敷地には、33種類、約4000本の桜が植えられていて、山全体が華やかな彩りに包まれています。

2015年から事業が開始されたばかりで、木はまだ若いものが多いですが、早咲きの河津桜や染井吉野、遅咲きの八重桜などが次々と開花し、3月上旬から5月中旬まで長く花見を楽しめるようです。

入り口近くには、「さくら広場」があり、白河市立白川第四小学校の学童による「自然体験の場」として、自然の大切さを学ぶ場となっています。

担当学年は6年生で、年度初めに各自が観察目標を決め、年間を通じて桜の木々の成長度合いを調べたり、草木の観察をしているとのことでした。

桜の木は美しく花を咲かせていました。

 

山の方に向かって歩いて行きます。

道脇は桜・桜・・・。華やかでどこを見ても綺麗です。

山を登っていく道があったので、少し歩いてみます。

ずっと、この様な道が続いています。色々な桜やコブシ(?)の花が咲いていて楽しく歩くことが出来ますが、ずっと上り坂が続くので、結構きついですね・・・。

暫く歩いたところで、腰痛持ちの夫がギブアップ。ということで、引き返すことにしました。十分堪能できましたしね・・・。

 

宿泊先の須賀川に向かう途中で、偶然見つけた「本沼花見山」でしたが、美しい景色と花を見ることが出来て楽しかったです。

 

もう少し桜を探しながら、宿に向かって車を走らせましょう。

次回に続けます。

福島旅行:乙姫桜・源清桜・結城桜

桜を求めて1泊2日で出かけた福島県。

今年は例年より時期が遅かったので、少しでも咲いている場所を探してお出かけしました。(4.12~4.13)

 

白河市周辺の桜を見てまわります。

7家21代の大名領地であった白河には、9宗派の寺院があります。中でも「城下町白河しだれ三桜」と呼ばれて親しまれているのが、妙関寺「乙姫桜」妙徳寺「源清桜」関川寺「結城桜」の3本です。順にまわってみました。

 

①妙関寺「乙姫桜」

「乙姫桜」は、妙関寺の境内にある樹齢約400年といわれている紅しだれ桜。

この桜は、仙台藩主伊達政宗(1567~1636)が、桜の苗木を将軍家に献上する途中、城下で休息した際に、住職に所望されてその内の一本を現在地に植えていったものと伝えられています。花は濃いピンク色で花弁が美しく、白河地方に比類のない濃艶な桜のため「乙姫桜」と呼ばれているそうです。

幹はごつごつしていて、400年の歴史を感じさせてくれます。

本堂は近代的な造りになっています。

乙姫桜は幹回り3.25m、高さ13mで、市指定 天然記念物に指定されています。見事に花を付けていました。


妙徳寺「源清桜(げんせいざくら)」

妙関寺の斜め前に位置している「妙徳寺」。道から背の高いしだれ桜が見えてきます。

「源清桜」は、約400年前の慶長年間(1596~1615)に妙徳寺を創建した片岡駿河守源清(片岡駿河は出家したので、入道名で「げんせい」と読む)が植えたと伝えられているそうで、それが「源清桜」の名前の由来とのことです。推定樹齢400年のエドヒガンで、幹周り3.4m、樹高は12mです。

花は終わりかけでしたが、すらっとした樹形です。

 

関川寺(かんせんじ)「結城桜」

関川寺は白河の寺院群を代表する寺で、古くは「関銭院」と称し、関所の通行税を徴収する任に当たっていたとのことです。

本堂手前にあるのが、樹齢約200年、高さ約12mのしだれ桜の「結城桜」です。

既に花はほとんど散っていました。

関川寺の創建は、延元元年(1330)に後醍醐天皇を奉じ建武の中興に尽くした結城宗広(ゆうきむねひろ)が七堂伽藍を造営寄進し結城家の菩提寺としたことが始まりとのことです。宗派は曹洞宗、山号は東光山。

結城宗広は、足利尊氏と戦い敗れ、三重県津市で亡くなりましたが、ここ関川寺に、宗広の遺髪を納めたとのこと。結城宗広廟から望める場所にこの桜があることから、この桜は「結城桜」と呼ばれているとのことです。

関川寺は長い歴史があるお寺のため、あちこちに歴史を感じさせてくれるものがあります。

境内に入るとすぐ左手に戊辰戦争戦死者供養塔とお堂が建っています。戊辰戦争白河口の戦いでの奥羽越列藩同盟の戦死者を弔っているとのことです。

お寺ですが鳥居も建っています。

鳥居の向こうには庭が広がっているので、見てまわるのも良さそうでしたが、今回は遠目で見るだけにしました。

「銅鍾」があります。宝暦11年(1761)に鋳造された物で材質は青銅です。小峰城内の太鼓に対して、町民に時報を知らせた鐘なのだそうです。市指定の重要文化財に指定されています。

 

これらのお寺の近くには矢津田川が流れていて、せせらぎ通りとして川沿いに桜が植えられていました。川の景観や「水車跡群 しみずや跡」なども見ることが出来ました。

 

「城下町白河しだれ三桜」を見ることが出来たので、白河市内の他の桜も見に行きましょう。次回に続けます。

福島旅行:南湖公園

桜の季節になると、毎年訪れている福島県。

「滝桜」をはじめ有名な1本桜が数多くあり、名もなき桜もあちこちに見られて桜一色に染まる「うつくしま福島」

例年、1本桜を観にあちこちに出かけていましたが、今回は長野旅行と季節がかぶってしまったこともあり、今まで見ていなかった桜を求めて、白河市や郡山市などへ、1泊2日の旅行に行ってきました。(4.12~4.13撮影)

 

まず訪れたのは福島県白河市にある「南湖公園」

公園の中心を占める池沼は、東西690m、南北370m、面積約177,000haの大きさがあります。先に「南湖公園鬼越駐車場」に車を停め散策しました。

桜並木が続いていて気持ちが良いです。

ここからは、池の様子や対岸の景色が良く見えます。

桜の木も沢山あり、美しく咲いていました。

人もさほど多くないので、ゆっくりと過ごすことが出来ます。

道に沿って池を一周しても約2㎞位なのですが、車で来ていたため対岸まで車で移動しました。

 

「千世の堤」脇の駐車場に車を停めました。

「千世の堤」は、17世紀中頃に白河藩主本多忠義(ほんだただよし)が「大沼土手」を築きましたが、その後修繕されず荒れはてていたものを、享和元年(1801)に松平定信(まつだいらさだのぶ)が大沼土手を利用した築堤工事を行い「千世の堤」と命名したそうです。

南湖は、寛政の改革で知られる白河藩主松平定信により、身分の差に関係なく誰もが楽しめる「士民共楽」という理念のもと、享和元年(1801)に築造されました。
当時の庭園は大名屋敷内などに造られ、庶民は基本的に立ち入ることができませんでしたが、南湖には垣根がなく、身分の差が厳しい江戸時代にいつでも誰でも訪れることのできる画期的なものだったとのことです。
「南湖」という名称は、唐の詩人李白の詩「南湖秋水夜無煙(なんこしゅうすいよるけむりなし)」から、そして小峰城の南側に位置していたことに由来するといわれています。
また、湖水は灌漑用水、水練・操船訓練として利用され、造成工事は当時の領民の救済事業としての性格も持っていました。明治に入り公園制度の発足に伴い、明治13年(1880)に「南湖公園」として開設されたとのことです。

 

目の前に南湖が広がり、遠くには雪を被った那須連山が見えます。

木道を通り、景色を楽しみながらほとりを歩いて行きましょう。

ほとりには桜の木が植えられていて、楽しみながら歩くことが出来ます。

暫くするとボート乗り場がありましたが、今日はお休みでした。ボートに乗って景色を見るのも楽しそうですね。残念・・・。

 

「南湖神社」に素晴らしい桜があるとのことでしたので、行ってみます。

入り口には「松平定信(白河楽翁)」の像が建っています。

松平定信は、江戸幕府8代将軍徳川吉宗の孫で、白河藩松平家の養子となり、26歳で白河藩主となりました(白河楽翁の名はこれに因む)。天明の大飢饉の際には、自ら率先して倹約に努め、すぐさま領民を救う食料援助策を行ったため、白河藩からは飢饉による死者を一人も出さなかったと伝えられています。定信のこうした手腕が評価され、11代将軍徳川家斉のもとで老中となり、寛政の改革を行い幕政の立て直しに尽力した素晴らしい方とのことです。

「南湖神社」は、大正11年(1922)、松平定信を敬愛した渋沢栄一の多大なる援助のもとに創建されました。

神社参道には沢山の桜が咲いています。「楽翁桜祭」が行われていました。

道脇にひときわ大きな桜の木が見えます。

これが「楽翁桜」なのですね。松平定信が植えたと伝えられる樹齢200年以上の御神木とのことです。樹形も美しく樹勢も旺盛です。

直ぐ近くには、松平定信ゆかりの茶室「松風亭羅月庵」があります。

内部見学は、有料で神社に事前に連絡すれば見れるようですが、今回はパスしました。

 

南湖神社拝殿にお参り。人が多すぎたので撮影は思うようにできませんでした。

お参りの後、参道のお店で、体調を崩している娘にお守りを買ってきました。

「翠楽園」の看板があったので、立ち寄ってみました。

広い芝生広場が広がります。

池泉回遊式日本庭園の「翠楽園」は中も見ることが出来るのですが、時間も気になったので今回は入館しませんでした。

                           (白河市HPより借用)

芝生広場の一角には松平定信公の坐像と「兼六園菊桜」があります。

この兼六園菊桜は、定信が兼六園という名前を加賀藩十二代藩主前田斉広公の依頼を受けて命名したり、兼六園の扁額を書いたという縁もあり白河市に寄贈されたようです。

既に葉桜でしたが、満開の頃には1つの花に300枚もの花弁をつけ、まるで小菊のように咲くとのことでした。

 

さあ戻りましょう。

南湖公園はとても美しく、まだまだすべてを見ることは出来ていませんが、見所の多い素晴らしい公園でした。

胎内のチューリップフェスティバルに行ってきました

新潟県胎内市で春の風物詩として親しまれているチューリップフェスティバル

会場の長池憩いの森公園には、約2万haのチューリップ畑と、約2万haの菜の花迷路が広がります。今年も約4万haにおよぶ大花畑を見るために訪れて見ました。

例年より開花が早いとのことで、チューリップフェスティバルは、4月18日~5月4日まで開催されました。(4.20撮影)

土日を避け、平日に訪れたにもかかわらず、駐車場は満車状態。ちょっと遠めの臨時駐車場に案内され、そこから開催会場まで歩きます。

協力金300円を支払って入ります。道沿いには出店も出ていました。

ここで「めでたい焼き」をクリーム・チョコ・餡子の3種類買ってみましたが、私にとっては今一つでしたね・・・。残念・・・。

 

てくてく歩いて会場を目指します。

目の前に色とりどりの花畑が広がります。思わず、わぁーと声が出てしまいます。

毎年、チュリープ畑と菜の花畑の位置が入れ替わるのですが、今年は手前が菜の花畑でした。

「菜の花迷路」があります。ここは入ってからいつも後悔するのに、今年も懲りずに挑戦しましたよ・・・。

むせかえるような菜の花の香り。方向音痴の私は、案の定途中からどこを歩いているのか全く解らなくなりました。

薄曇りで、照りつけるような暑さがなかったのが救いでしたが、あっちに行ったりこっちに行ったり。中々出口には着きません。でも菜の花と青空が見せてくれる風景は、綺麗で心が和みます。

暫くさまよった後、どうにか出口に出ることが出来ました。

最後の方は本来の道じゃない場所を通って出て来たんですがね・・・。すみません・・・。

 

さあチューリップ畑を見に行きましょう。

入ってすぐの所には、「チューリップ球根掘り取り体験」の場所があります。何人もの方が、球根を掘り起こして苗をゲットしていました。家に持ち帰って植えるのかな?・・・。

ここでは色々なイベントが行われるようで、「チューリップウエディング」の案内板が立っていました。美しく咲くチューリップの中、沢山の方が祝福してくれるのも思い出に残るでしょうね。

今年は、チューリップの品種数がさらに充実し、約900種類のチューリップが咲いているとのことでした。

手前には変わった品種のチューリップが植えてあって、楽しめました。

その品種の多いこと・・・。きれいー、かわいいーと、ワクワクが止まりません。

多すぎるので私が気に入った花を少し・・・。

チューリップというより牡丹かな?と思うものもありました。

素敵すぎですよねー・・・。

奥には、色分けされたチューリップの畑が広がります。

色とりどりのチューリップと一面に広がる菜の花畑を見ることが出来て、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。