たのしみごと

日々のちょっとした出来事を書いてみました

Part 1 あじさい咲く光照寺に行ってきました

新潟県三条市にある「普門山光照寺」。およそ400年の歴史を有する曹洞宗のお寺です。

6月~7月は250種1400株のあじさいが見頃を迎えます。

本堂前には、さまざまな品種100鉢以上の鉢植えが並び、庭や裏山には600株以上のあじさいが植えてあり「あじさいの寺」として親しまれています。

参道には沢山のあじさいの鉢植えが置いてあります。

参道脇には、「六地蔵」が鎮座していました。

六地蔵がつけている頭巾と前掛けのは、ウクライナの国旗の色です。2022年3月頃、ウクライナでの戦争が激化した際に、お寺でも何かできないかと、住職夫妻が相談し、奥様が、この頭巾と前掛けを作成したそうです。その後も毎年行われる「お地蔵様の頭巾を縫う会」でこれを継続しているようです。


光照寺のあじさいは、寺の住職の奥様が好きな花とのことで、15年以上も前から、ご夫婦で育て始めたとのことです。毎年、檀家の方やボランティアの方が、植栽や草刈りを手伝ってくださって維持されているようです。毎朝、住職が時間をかけて、水やりをしても、この暑さの中、お昼頃には、クタッとして美しさが半減してしまうとのことで、知り合いに相談して、パラソルを設置したとのことです。

本堂前にも沢山のあじさいの鉢植えが置いてあります。

変わったあじさいが沢山あります。

水をはった火鉢のあじさいもきれいですね・・・。火鉢の青が美しいです。

本堂前を通って、奥の「地蔵堂」を先に見てきましょう。

正面に忠魂碑が建っています。

右手には地蔵堂があります。門柱前の大地蔵や六地蔵、そして地蔵堂の前には14体の地蔵など、境内各所にお地蔵様が安置され、「地蔵の寺」としても知られているようです。

地蔵堂の御開帳は、年に1回4月の地蔵講の日に御開帳されるのですが、今回は扉が開いていて中を見ることが出来ました。(翌日からあじさい祭だったためかな?)

このお地蔵さまは秘仏ということでしたので、アップで撮ることは遠慮いたしました。

地蔵堂の地蔵尊は、延命地蔵で、満米上人の作と伝えられています。この地蔵尊は、今から300年前に、古志郡本尊村のお堂に安置されていましたが、ある時、本尊村と矢田村の住民たちの夢に現れ、矢田に移られることを強く望まれたそうです。そこで当時の住職が御移転に尽力され、以来、矢田の地で多くの信心深い人々の信仰を集めて来たとのことです。

さあ戻って本堂にお参りしましょう。

本堂前には小さな石庭もあります。

本尊は「釈迦如来」で、「文殊菩薩」「普賢菩薩」を従えています。伽藍も美しく見応えがあったのですが、「撮影はご遠慮ください」とのことでしたので写真はありません。

お寺の中から庭は見ることが出来ましたので、撮影させていただきました。

裏山のあじさいが美しく咲いています。

本堂前の庭を歩きながら、裏山に向かいましょう。

旧月潟駅ふたたび

新潟県新潟市南区月潟にある「旧月潟駅」は、1933(昭和8)年に開通した新潟交通電車線の駅で、1999(平成11)年の廃線後、2003年に駅前後の廃線跡は遊歩道として整備され、「かぼちゃ電車」の 愛称で親しまれる当時の車両や駅舎が保存・管理されています。 

昨年の7月中旬に一度訪れたのですが、車両修繕工事のため、電車も駅舎も立ち入りできない状態でした。遊歩道も所々通行止めで、思うように散歩も出来なくて、残念な訪問になってしまいました。今年こそはと思い、あじさいには少し早いかなとは思いましたが、リベンジで訪れてみました。(6.16撮影)

駐車場に車を停めると直ぐに「かぼちゃ電車」が見えます。

 

早速近くで見てみましょう。

ここには「キ116(雪かき車)」「モワ51(電動貨車)」「モハ11(旅客電車)」の車両3両が展示されています。

まずは「モハ11(旅客電車)」です。

修復を終えた電車はぴかぴかです。

電車内は、イベントや不定期な開催日しか見学は出来ないので、今回は外観だけを見させていただきました。

少し距離をおいて「キ116(雪かき車)」「モワ51(電動貨車)」が見えます。

ラッセル車がかっこいいですねー・・・。

上の運転台の所が顔のように見えるのは私だけでしょうか?・・・。

ミラーに映る電車も素敵ですね・・・。

線路も残っていますが、草が生い茂っていますね・・・。

「かぼちゃ電車保存会」によって、2022年から「走れ!かぼちゃ電車」というイベントが、不定期に開催されているようです。旧月潟駅で保存している車両のうちの1両(モハ11号)を、車両移動機「アント」による推進・牽引によって走行させるイベントで、体験乗車も可能ですが、申し込みも多く中々当たらないとか・・・。走行距離は往復で約100m、乗車時間は約5分。おそらく世界で一番短い鉄道旅行でしょうとのこと。

楽しそうですよね・・・。

電車を見たので、遊歩道を歩いてみましょう。

線路跡が遊歩道になっています。

道には可愛いパネルが埋め込んであったり、美空ひばりさんの「越後獅子の唄」の歌碑があります。歌碑にはスイッチがあって、前回訪れた時に知らずに押したら結構な音量で歌が流れてびっくりしたので、今回は何もせずにスルーしました。

あちこちに、住宅脇から遊歩道に入るための階段があります。地域の方がいつでもこの遊歩道をお散歩できるようになっているのですね・・・。

木立の中を歩くのは気持ち良いですね。

あじさいは、やはり早かったようで、ぽつりぽつりと咲いているだけでした。

昨年歩くことが出来なかった竹林の道も歩くことが出来ました。

展望台?やベンチもありますね。

途中、陽を遮ることの出来ない場所もありましたが、概ね暑い日にもかかわらず、快適に歩くことが出来ました。

道はずっと続いているのですが、この先は工事?作業?のため通ることが出来なかったので、今回はここで終了して戻ります。

折角なので、土手に上がって中之口川の景色も見ましょう。

土手の道は、陽を遮る場所が少ないので、直射日光が当たり長くは居られませんでした。土手沿いのあじさいもあまり咲いていませんでした。

あじさいが咲き揃ったらきれいでしょうね・・・。今回もあじさいには振られてしまいましたね・・・。

最後に、角兵衛獅子(かくべえじし)の像を見て、お散歩は終了しました。

咲き揃ったあじさいは見ることが出来ませんでしたが、ぴかぴかに修復された「かぼちゃ電車」を見ることが出来て、うれしかったです。

「かぼちゃ保存会」のHPを注意して閲覧し、電車や駅舎内の開放日や「走れ!かぼちゃ電車」イベントの日に訪れられたら良いなと思っています。

水原代官所に行ってきました

瓢湖を訪ねる度に気になっていた「水原代官所」

今回こそはと思い、行ってみました。

観光案内や展示室を兼ね備えた観光案内所となっている「ふるさと農業歴史資料館」から入ります。

入館料300円を支払って中に入ると、水原名物の「三角だるま」がお出迎えしてくれました。正面は展示室になっていて、今回は「山口人形」や三角だるまの色々なものが展示されていましたが、今回は載せませんね・・・。

案内に従って進みます。

建物を回り込むようにして進みます。代官所内へは、正門ではなく御台所脇の扉を潜って入るようになっていました。

水原代官所は、1746年(延享3年)に設けられた幕府の代官所で、水原城跡に建設されました。水原城は鎌倉時代に幕府御家人だった大見家秀の後裔とされる水原氏によって築かれた平城で、水原氏は長く当地を支配し、戦国時代には上杉景勝に属しましたが御舘の乱後に上杉家と対立した新発田重家に攻められ没落しました。その後、上杉景勝の家臣で魚沼郡浦佐城主・大関親信の子供である大関親憲が水原氏の名跡を継ぎましたが、1598年(慶長3年)に上杉景勝の会津移封に伴い、水原城は廃城になったとのことです。

代官所の主な機能は年貢の徴収や民政で、特に水原代官所の場合は、この地方の豊かな生産力を背景にした年貢収納を確保することや、福島潟の開発、および新発田藩・村上藩の監視が主な目的でした。水原代官所は、22代まで続きましたが、1868年(慶応4年)3月戊辰戦争に伴い会津藩預かりとなり、その後西軍の侵攻により会津藩が退散したことによって、同年7月に代官所は123年の幕を閉じました。その後、かつての代官所平面図に基づき、平成7年8月に復元されました。

 

さあ、中に入りましょう。

入って、左手には井戸や御台所があります。

正面の板の間から中に入ります。

「湯呑所」と呼ばれる代官所で働く役人や奉公人の休憩所があります。

その奥には「公事場」「御用場」があります。

「公事場」は刑事事件や裁判問題などに関する仕事を行う場所で、公事場から一段下がった所に罪人を裁く場所である「白洲」があります。

「白洲」には取り調べの道具が置いてあります。

中央にあるのは「拷問座」と呼ばれるギザギザの板。その板の上に座らせ、重さ40kgの「抱石」を載せていくという、取り調べというよりは拷問ですよねー・・・。無実でも罪を認めてしまいそうですよね・・・。

隣には、地方行政を行った「御用場」があります。

「御用場」では、年貢徴収など財政面を仕切る「地方(じかた)」と呼ばれる仕事が行われていました。映画『殿、利息でござる!』に登場したのはこの御用場とのことです。

そして「御用場」から一段低い所には、村役人が年貢やその他の問題を伝える「訴所(うったえどころ)」があります。

時代劇によく出てくる場所ですね・・・。

そこを過ぎると、正式な表玄関である「大玄関」が見えてきます。主に江戸からの使者の出入りに使用したとのことです。

奥に「表門」も見えますね。

「大玄関」には『却下照顧(きゃっかしょうこ)』と書かれた衝立があります。

「却下照顧」とは、もと禅家の語で、他に向かって悟りを追求せず、まず自分の本性を良く見つめよという戒めの言葉とのこと。転じて、他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て、自分のことを良く反省すべきという意味だそうです。昔はここに置いてはなかったのでしょうね。(使者に対して、この語はちょっと問題があるように思いますが・・・)

「大玄関」を過ぎると江戸からの使者が使用した「使者の間」があります。

続き間となっていて、代官が水原に来た際に泊まる部屋であり、会議にも使われた「中ノ間」と、主に江戸からお客様が来た時に使用された「上ノ間」があります。

各部屋を取り囲むように廊下があり、中庭を見ることが出来る造りとなっています。

派手さのない落ち着いた庭ですね・・・。

廊下を進むと下級武士の控室である「御用人部屋」、守衛を主な業務とする中間(ちゅうげん)の控室である「中間部屋」が続きます。

「中間部屋」の奥には「温故堂」とも呼ばれた「御学問所」があります。

この「御学問所」は、第19代水原代官の小笠原伸介が学問奨励のために1832年(天保13年)に設立した学校です。その後1850年(嘉永3年)に代官所元締で学者であった高尾駿介が代官に願い出て、代官所の後ろ側に一室もうけ学問所とし、講師に招いた儒学者の頼支峰(らいしほう)によって「温故堂」と名付けられたとのことです。

「温故堂」は、「藩校」のように武士の子を対象とした学校と違い、武士の子だけではなく、一般庶民に門戸を開いた最初の学校とのことです。

最後に広い廊下の「奥御台所」を通って、最初の入り口に戻りました。

台所といっても、代官所は仕事場であったので、煮炊きはほとんどせず、せいぜい湯を沸かす位にしか使われなかったようです。

 

代官所内をぐるりと回って、昔の代官所の様子を体感出来て楽しかったです。

テレビなどで見る代官所は、お白洲や訴所位のイメージしかなかったのですが、違う面も見れて勉強にもなりました。水原代官所訪問は終了です。

瓢湖のあやめ園に行ってきました

白鳥の飛来地として有名な新潟県阿賀野市水原にある「瓢湖」

白鳥が飛来する季節には時々訪れていましたが、あやめが咲く時期に訪れたのは初めてです。

訪れた日はあいにくの曇り空でした。(6.10撮影)

2026年6月6日(土曜日)~6月28日(日曜日)まで「あやめ祭り」が開催されました。夜にはぼんぼりに灯がともされ、違った雰囲気も楽しむことが出来るようです。

「瓢湖白鳥会館」の駐車場に車を停め、瓢湖に向かいます。

冬に訪れると、湖面を埋めつくすほどのハクチョウやカモを見ることが出来ますが、この時期は、湖面にほとんど鳥の姿を見ることは出来ませんでした。

ほんの数羽カモがいましたが、静かなものです。

 

「あやめ園」に向かいます。

ちょっと早いかなと思って訪れたのですが、美しく咲いていました。

170種類・約30万本のあやめが植えられているとのことでした。種類がそんなにあるとあまり解らなかったのですが、少しずつ違いがあるのでしょうね・・・。「あやめ園」となっていますが、厳密には花菖蒲のようでした。花菖蒲とあやめは、どちらもアヤメ科アヤメ属ですが、花弁の模様と咲く環境が違い、花菖蒲は花びらの付け根に黄色い筋があり主に湿地に、あやめは花の中央に網目模様があり乾いた草地に咲くことで区別できます。どちらもあやめといえばあやめですね・・・。今回は「あやめ」とさせていただきます。

木道や道が整備されているので、近くで花を見ることが出来ます。

あやめは1株に2.3個の花をつけます。それが順番に咲いていくのですが、咲き終わるとしぼんだ花が残ってちょっと残念な感じになってしまします。その終わった花をボランティアのスタッフさんが、一生懸命摘んでくださって、美しく見えるように手入れをしてくださっていました。ありがたいことですね・・・。

整備された道を進みます。両側にはあやめの花が沢山。

奥の方に観察舎が見えます。そこまでは260m位の距離です。

湖側や公園側にも植えてありますね・・・。

遠くには五頭連峰も見えます。

観察舎に到着し、振り返ってあやめ園を見ます。

「瓢湖大橋」から瓢湖と東新池を眺めてみましたが、鳥の姿はやはりありませんでした。

あやめ園脇の道を通って戻りましょう。

道沿いにはあじさいが咲き始めています。もう少しするとあじさいもきれいでしょうね・・・。

入り口付近の建物の脇の傷病舎には、傷ついてシベリアまで帰れなかったハクチョウが保護されていました。

暑い夏を無事に過ごしてくれると良いなと思います。

 

初めて初夏に訪れた瓢湖ですが、美しいあやめを見ることが出来、冬とは違う瓢湖の景色を楽しむことが出来て、訪れて良かったと思えるお散歩になりました。

お誕生日にプレゼントを色々いただきました

7月5日は、私のお誕生日でした。

7月4日の「アメリカ独立記念日」でも、7月7日の「七夕の日」でもない、普通の誕生日でしたが、大谷翔平選手のお誕生日が、同じ7月5日と知ってからは、何だか特別な日に生まれたんだとうれしくなっていました。そんなお誕生日の日に、長女夫婦・次女夫婦・夫から色々とプレゼントをいただきました。

お酒が多いですよね・・・。決して酒豪ではありませんよ。たしなむ程度ですので・・・。

 

夫からは、最近、食前酒として赤ワインを少し(50ml位かな?)飲んでいました。それもスーパーで買える安い赤ワインでしたが、たまにはおいしい赤ワインを飲んでくださいと、岩の原ワインの「深雪花」。それも岩の原深雪花 特別ヴィンテージ2024」というワインと、ECHIGOワイナリーの「魚沼雪季」をいただきました。『新潟県南魚沼市で栽培した葡萄メルローを100%使用し、適正な温度で樽熟成されているため、葡萄本来の豊かな香りと熟成過程がバランスよく調和されています。2013年日本ワインコンクール「Vintage2011銅賞」「2014年日本ワインコンクール「Vintage2012銅賞」を受賞した輝かしい経歴を持つワインです』とのこと。期待が膨らみますね・・・。感謝いたします。

 

長女夫婦からは、私が好きなスコッチウイスキーの「MONKEY SHOULDER」「KAWABA BEER」をいただきました。好きなウイスキーを覚えていて選んでくれたのですね。ありがたいことです。

モンキーショルダーはスコットランドで作られるブレンデッドモルトウイスキーです。特徴的なのは「ブレンデッドウイスキー」ではなく「ブレンデッドモルト」ということ。日本では竹鶴などが同じ製法で「ピュアモルト」とも呼ばれています。ブレンデッドウイスキーと違い、グレーンが入っておらず、100%モルト同士だけを混ぜています。』とのこと。うんちくはともかく、美味しいスコッチウイスキーです。

KAWABA BEERは、『美しい水で丹精込めてつくられたこだわりのビール。川場村のシンボル「武尊(ほたか)」の山々から流れる美味しい「水」を醸造水として、ていねいに一つ一つ一つ作られている田園プラザの自慢のビール。コクや香りにこだわりながらも、日本人に飲みやすい仕上がりになっています。』とのこと。飲んだことがないので楽しみですね・・・。

もう一つは、最中タイプの「野菜のポタージュセット」。健康を気遣ってくれたのでしょうか?これも楽しみですね・・・。

 

次女夫婦からは、「ウイスキー693」「黒胡椒クリームチーズの味噌漬け」、そして翌日届いた「むらかみのウニ」でした。

いつも私が知らないお酒や品物を探してプレゼントしてくれます。うれしいことですね。

「ウイスキー963」は、『福島県南酒販が企画・管理するオリジナルのブレンデッドウイスキーシリーズ。福島県郡山市の郵便番号「963」にちなんで名付けられました。製造は郡山市の笹の川酒造が担い、世界各地の原酒を選び樽熟成させて仕上げているのが特徴』とのことです。ブレンデッドならではの飲みやすさと樽熟成の個性を前面に出したシリーズとのことです。初めてのウイスキーですが、よく探してくるよねー・・・と驚くばかりです。

「黒胡椒クリームチーズの味噌漬け」は、お酒のお供に合わないわけがないので、今からどのお酒と頂こうかと思案中です。

そして、私の大好きな「ウニ」。それも愛してやまない北海道函館に本店を持つ「むらかみ」の生ウニです。もう小躍りして喜んじゃいました。

函館のむらかみ本店でうに丼(80g)を頂けば9000円もする高価なウニが、150gも入っています。商品保証証も入っていました。

今回のウニは北海道(利尻・礼文島)産の生ウニ「キタムラサキウニ」とのこと。ミョウバン不使用の無添加のウニです。前にも北海道の親戚(次女夫の実家)から頂いたことがあるのですが、自分の中で一番おいしいウニでした。もう期待しかないですよね。

7/6の夕食は既に準備していたので、急遽、主食を私だけ「うに丼」にして頂きました(夫はウニを食べないので・・・)。私だけ独り占めできるうれしさ。やはりおいしすぎました。本当にありがとう。

あと2食分位あるので、楽しんでいただこうと思います。

 

今回は、娘夫婦達や夫から、心温まるプレゼントを頂いて最高の誕生日になりました。

これから、ちびちびと頂きながら、誕生日の余韻に浸りたいと思います。

みんな本当にありがとう。

Part 2 ロックハート城に行ってきました

群馬県高山村にある「ロックハート城」散策の続きになります。

階段を登って、まずは向かって左手の庭に置いてある車を見に行きました。

2台展示してあります。中に入ることは出来ないので、外から見させていただきました。

左手にあるのは「プジョー201」です。日本に現存するプジョー201の中で、実際にエンジンが始動し走行できるのは、この1台だけのようです。年式は1931年。大理石村が6代目オーナーとなっているとのことです。昔の映画に出てきそうな車ですね・・・。

右手にあるのは「ロールスロイス シルバースパー」。年式は1988年で、1993年まで英国大使館の公用車でしたが、その間、故ダイアナ妃の御料車としても使われていたとのことです。1994年から大理石村が2代目オーナーとなり、現在はロックハート城の賓客やウエディングカップルの送迎に活躍しているとのことです。乗ってみたいですね・・・。

 

さあ、お城の中に入ってみましょう。

1階は「ヒストリーミュージアム」になっていて、ロックハート城の歩みを静かに辿る空間です。

ロックハート城の紋章についての説明がありました。

館内には、城ゆかりの著名人の装飾品や、時代を経てきたアンティークの調度品が並びロックハート城のヒストリーにふれることが出来ます。

天井絵も美しいです。

2階に行ってみます。

大理石の階段が美しいです。

2階は「ジュエリーミュージアム」で、名女優ゆかりの宝飾や名作を集めた常設展示館となっています。

アンティークな香水瓶や香水も展示販売されていて、フロアー全体が香水の香りに包まれていました。

奥には「シャーロック・ホームズ」の部屋をイメージしたお部屋があり、重厚な木製の書棚が並び、ヴィクトリア朝時代の書斎を彷彿とさせた空間となっています。

さらに奥に進むと「世界のサンタミュージアム」があります。

津川雅彦氏が長年の想いを込めて集めた、1100体以上のサンタクロースと関連品に出会える、心温まる空間です。

いつまでも見ていることが出来るのですが、そろそろ次の施設へ移動しましょう。

この建物内にはレストランや「サインギャラリー」「桂由美と世界のウエディングドレス」「テディーベアミュージアム」があります。

雰囲気はまるで外国のようですねー・・・。

沢山のサイン色紙が展示されていて、誰のものか見てまわるのも楽しかったです。

階段手前に大きなクマのぬいぐるみがあります。

巨大なテディベアの「ベッツィー君」です。ベッツィー君はドイツ生まれのイギリス育ちで、イギリスのテディベアコンベンションの人気者として子供たちに愛されてきました。その後、イギリス南東部のブライトンのテディベアミュージアムに引き取られましたが、1998年にはるばる海を渡ってロックハート城にやってきたとのことです。

桂由美のウエディングドレスや世界のウエディングドレスも美しかったです。

「テディベアミュージアム」には、海外から集められた200体のテディベアが並び、心温まるミュージアムになっています。

まだまだ、見所が沢山あるロックハート城です。ゆっくりと過ごすことの出来る場所でした。異国に迷い込んだような美しい景観に魅了され、楽しく見てまわることが出来ました。

ロックハート城の散策は終了です。長い間お付き合いいただきありがとうございました。

Part 1 ロックハート城に行ってきました

吹割の滝を見た後、群馬県高山村にある「ロックハート城」に行ってみました。

異国情緒たっぷりの場所なので、行く前からワクワクします。

1993年4月6日(城の日)、遥々スコットランドから群馬県高山村へと移築された「ロックハート城」。日本で唯一、英国スコットランドから移築・復元された本物のヨーロッパの古城として、その歴史と物語を大切に守っています。

駐車場に車を停めて、入場口に向かいます。

歩き出してすぐに、「ブライダルサロン」「ストーンショップ」が見えてきます。

「ブライダルサロン」は蔦が絡んで建物が見えない程で、素敵な雰囲気・・・。

「ストーンショップ」は石造りの壁が素敵ですね・・・。

さあ、入場口から入って行きましょう。

ロックハート家の歴史は、スコットランド独立の英雄ロバート・ブルース王に仕えていた騎士として、その名をスコットランド史に留めています。ロックハート城は1829年、エジンバラの南西約50kmの位置に建てられました。この城を建てたウィリアム・ロックハートは、州の下院議員やグラスゴー大学の学部長も勤め、領地の豊かな鉱石資源を利用して産業を興し、それを基に鉄道も引かれるといった地域貢献を行った人物でした。

時を経て、老朽化が進み、復興に多額の費用が必要となった1987年に、俳優の津川雅彦が、北海道広尾郡広尾町に計画していたレジャーランド「夢の王国サンタ愛ランド」の中核施設とすべく、子孫であるスコットランドの放送局のプロデューサーから、私費でロックハート城を購入し、1988年4月から7ヶ月をかけて行われた解体作業で、ロックハート城は重量600トンにのぼるおよそ4,000個の石材のかたちへと一旦戻されました。
石材は約30個の輸送用コンテナに詰め込まれ、主要なコンテナは当時のソビエト・ゴルバチョフ元書記長の承諾を得てシベリア鉄道を経由し、同年12月無事日本に到着。残りのコンテナもイギリスからの貨物船で直接輸送されました。しかし、資金計画を巡って対立した町側から、レジャーランド計画の受け入れを拒否されたため、ロックハート城は宙に浮いてしまう形となりました。

その後1992年に、総合石材業を営む沼田市の株式会社サンポウが、宙に浮いていたロックハート城を買い取り、同社が高山村に建設していたテーマパーク「大理石村」内で復元を実施しました。15億円の費用と延べ15,000人の人員を投じて行われた復元は、1993年4月6日に完成しました。これは津川雅彦氏とロックハート城オーナー・平井良明氏の「夢」のリレーにより実現したものとのことです。

 

中に入ると、アンブレラスカイがお出迎えしてくれました。

道沿いに南欧茶房「パトリシア」があります。良い雰囲気でしたが、今回はスルーします。

「ロックハートキャッスル」という案内所?のような建物があります。

施設内の紹介がされています。さっとみて進みます。

「ハートバザール」というお店がありました。

中には、可愛らしい食器や品物の数々が並んでいます。

どれも可愛くって、気になるものもありましたが、今回は我慢我慢・・・。

階段を登ると、蔦に覆われた小さな塔があります。

中に入ると、螺旋階段があり、高さ約20mの最上階には、「スプリングベル」と呼ばれる想いを結ぶ愛の鐘があります。

ふたりで鐘を鳴らし、想いを告げれば、その瞬間から心は永遠にハートロック。そんなロマンチックな言い伝えがあるとか・・・。

そして石造りの穴にコインを投げ入れると、音を奏でながら1階の入れ物まで落ちる仕組みになっています。

願いが叶うのでしょうかね?ロマンチックな仕組みですね・・・。

お城に向かう途中には、「恋人の泉」があります。

石造りの壁から静かに湧き出す、小さな天然水の泉で、ひと口飲めば、忘れていた恋心や新しい愛の物語をそっと呼び覚ますといわれているようです。これまたロマンチックな言い伝えですね・・・。

広場に出ました。

「聖ローレンス教会」です。かつてこの城に住んでいたロックハート城主ウィリアム卿の弟で、神学博士であり牧師でもあったローレンス・ロックハートに由来しています。

中にまでは入れませんが、優しく穏やかな雰囲気が漂っていました。

 

さあ、お城に向かいましょう。

次回に続けます。