長岡市(旧越路町)にある、「長谷川邸」。
毎日暑い日が続くので、屋内で見学できる場所を探し、長谷川邸を訪れてみました。
広い駐車場には、1台も車は停まっていませんでした。
結構、有名な場所だと思うのですが、人気がないのかな?・・・。

駐車場前には、大きな木があって、その根元に「道祖神耳だれ神」があります。


祠を立てて、地域の人が大切にしているようですね。
長谷川邸は、江戸時代初期から庄屋を務めた古民家で、越後最古の民家として知ら
れる豪農屋敷です。周囲には幅2~4mのお堀を巡らし、その内側には、土塁生垣、
正面には、城門級の大扉のある長屋門形式の茅葺寄棟造りの表門があります。


表門が、見えてきました。
さほど大きくはありませんが、趣のある門になっています。


住宅は、昭和55年(1980)に旧越路町に譲渡され、昭和57(1982)年6月11日に
重要文化財に指定されました。現在は、長岡市が管理しています。
門を潜ると、正面に主屋が見えてきます。

同じ大庄屋の豪農屋敷で、旧味方村にある「旧笹川邸」と似ています。
実際に、この長谷川家と笹川家は姻戚関係があり、後年に笹川邸が焼失した際に、
この長谷川邸宅をお手本として再建されているので、似ているのでしょうね。
主屋前には、手入れが行き届いた、苔の庭が広がっています。


表玄関脇の事務所入り口で、入館料420円を支払い、中に入っていきます。

中に入ると、目に飛び込んできたのは、広い土間です。

ここは、薪などの燃料置き場として使われていました。また収穫の時期になると、
年貢米を受け入れる場所でもあったため、かなり広いスペースになっています。
もともと、長谷川家は戦国武士の出自と伝えられていますが、江戸初期には、当地
で庄屋と、本陣と、問屋を兼ねていた旧家で、近郊4ヶ村の耕地・山林の約七割を
保有し、村内の小作人400人の内300人を従えた大庄屋であったため、年貢米も、
多かったのでしょうね・・・。


大きな竈(かまど)があります。

この竈は、調理用ではなく、お風呂のお湯を専門に沸かすためのもので、大きな
作りになっています。いちいち、お風呂にお湯を運ぶのは、大変だったでしょう
ねー・・・。
家に上がる式台は、欅の1枚板が使われています。(約、長さ3.94m、幅1.15m、
厚さ7.5㎝位)

呼び鈴代わりの、叩く板(何て呼ぶのでしょうねー・・・)もあります。

早速、中に入っていきましょう。
家の中の位置関係が説明しにくいので、間取り図を参考にしてください。

式台を上がると、板張りの「広間」があります。


右手には、「茶の間」があります。
家族が、茶の間として、くつろぐ場所とのことでした。


順路通りに進むと、「玄関の間」があります。
表玄関から入ると、一番先に見える場所です。

玄関の間には、越路出身の漫画家・和月伸広さんが、「るろうに剣心」のキャラク
ターと長谷川邸を一緒に描いた絵が、飾られていました。「長谷川邸再建300年」
を記念して、2016年に行われたイベントの時に、描いて頂いたものとのことです。
玄関の間を過ぎると、二間続きの部屋が見えてきます。

「二の間」と「上段の間」です。
大庄屋らしく、要人を迎え入れるための上段の間〜二の間は、書院づくりで、きれ
いです。



上段の間には、あかり取りの窓があって、素敵でした。
また、「鞘の間」と呼ばれる、二の間、上段の間脇の畳敷きの間から、眺める
庭がとてもきれいです。


まだまだ、廻りきれていないので、次回に続けます。