たのしみごと

日々のちょっとした出来事を書いてみました

 石川・福井の旅:那谷寺①

 毎日、「熱中症警戒アラート」発令中の新潟県

 暑すぎて中々お散歩にも行けません。

 

 そこで、昨年の11月に、お出かけした「石川・福井」2泊3日の旅をブログにあげて

 いなかったので、タイムラグがありますが、何回かに分けて載せていきますので

 お付き合いください。

 

 

 最初に訪れたのは、石川県小松市「那谷寺(なたでら)」

 2012年に訪れて以来の訪問になります。

 

 北陸屈指の紅葉の名所ですが、訪れたのは11月中旬だったので、紅葉には少し早か

 ったようです。

 

 山門をくぐり抜けると、数百年を経た杉並木が続き、江戸期に寄進された石灯篭

 が並ぶ参道が真っすぐに伸びています。杉並木は小松から那谷寺にいたる「御幸

 街道杉」の一部で、寛永年間に加賀藩三代藩主前田利常公が植樹したものとの

 ことです。

 

 少し歩くと、左手に金堂華王殿(こんどうけおうでん)がみえてきます。

 全ての法会が行われる那谷寺中心のお堂です。

 本尊は、十一面千手観音立像で、鎌倉時代の和様建築様式、総桧造りです。

 南北朝の戦火で消失以来、650年ぶりの平成2年(1990年)に再建されました。

 

 金堂華王殿前には、角塔婆が建っており紅白の観音綱は、堂内の観音様に繋がって

 いて、触れるとご縁を結ぶことが出来るようです。

 

 右手には、宝物館の「普門閣」があります。

 

 金堂内をさっと見た後は、裏手にある「琉美園(りゅうびえん)」へ。

 琉美園は、釈尊生誕の地ルンビニ園に因んで命名されたとのことです。

 

 池中央に立つ自然石の岩面は、3つに別れていることから阿弥陀三尊に例えられ

 「三尊石」と名付けられました。江戸時代には滝が流れ落ちていたこともあり、

 現在も多くの雨が降ると滝が流れる様を目にすることができるとのことです。

 

 琉美園内には、小川が流れでいました。紅葉の時期であれば、もっと美しい景色

 が見れたでしょうね・・・。


 
庭の一角には茶室「了了案」があります。

 残念ながら、茶室内は見ることが出来ませでした。

 

 「香月閣隧道」を通って、金堂華王殿に戻ります。

 隧道を通ると、直接、建物内部に出れるというのは驚きでした。

 

 参道に戻りましょう。

 

 参道脇には、庭園があります。苔むした庭に、年月を経たであろう灯篭などが置か

 れ、それらに木漏れ日が、優しく射し込んでいて、しっとりとした風情を感じさせ

 てくれました。


 参道を歩いていると、「鐘楼」の標識があったので、行ってみました。

 

 石段を登った先に、それはありました。

 寛永年間に建てられ、昭和16年(1941)に国宝指定、昭和25年(1950)に重要

 文化財に指定されました。入母屋造、檜皮茸の和様建築で、袴腰の上部まで石造

 となっているのは、全国でも例のないものとされているようです。

 

 外からは見えませんでしたが、内部に吊るされている鐘は元禄13年(1700)3月

 に大聖寺藩の前田利直によって寄進されたものとのことです。

 

 鐘楼脇を進むと、護摩堂」が見えてきます。

 こちらも、昭和16年(1941)に国宝指定、昭和25年(1950)に重要文化財に指定

 されました。

 

 壁面には彫刻が施されています。

 

 ここから眺める景色は美しかったです。

 

 下って、参道に戻ります。

 

 参道を少し歩くと「若宮白山神社の社号標があったので寄ってみることにしま

 した。

 鳥居の扁額には、凝った彫刻が施されています。

 

 正面に若宮白山神社が鎮座し、右手には金比羅社がありました。

 

 若宮白山神社は、日本では数少ない拝観料を払わなければ参拝できない神社の一つ

 で、白山神社としてククリヒメを祀っており、諸願成就などさまざまなご利益が

 あるとされています。

 訪れる人が少ないのか、ひっそりとしていました。

 

 さあ、国の名勝指定園「奇岩遊仙境」の方に向かいましょう。

 

 向かう途中には、色々な碑があります。

 

 (庚申塚:こうしんづか)

 古来より村々の辻道に祀られ、村人を疫病から守る神とされてきた「庚申塚」です

 が、那谷寺では、いつのころからか縁結びの神として信仰してきたようです。

  心の中で「南無青面金剛(なむしょうめんこんごう)」と3回唱えてお参りすると

  庚申さんの強い力で障害を取り除き、願いをかなえてくれるとのこと。

 

 (芭蕉句碑)

 元禄2年(1689)俳聖・松尾芭蕉が参詣し、「奇石さまざまに古松植ならべて、萱

 ぶきの小堂岩の上に造り、かけて殊勝の地なり。」と「奥の細道」で那谷寺を表現

 しました。(よく意味が解りませんでした・・・)

 句碑は天保14年(1843年)芭蕉150回忌に建立したもので、大分字は薄れています

 が「石山の石より白し秋の風」と刻んであるとのことです。

 

 長くなってしまいましたので次回に続けます。