黒滝城は弥彦村麓の西約1キロ、城川(じょうがわ)の谷奥に、ひときわ高く
そそり立つ、標高246mの要害に築かれた山城です。
現在は、黒滝城趾森林公園として整備されています。
新潟県在住の方でも、あまり馴染みがない場所かもしれませんが、ちょっとした
山歩きがしたくなると、よく訪れる場所です。

麓から、「林道要害線」という細い山道を車で走って、現在行き止まりになって
いる場所まで行き、車を停めます。この山道は、車のすれ違いが、なかなか難しい
ので、軽自動車で行った方が良いと思います。(めったにすれ違いませんが・・・)

「黒滝城趾登山口」の標識がある所から、入っていきます。

いきなり急な登りがありますが、緑が濃く、木々で太陽の光も弱められるため、
気持ちよく歩けます。

黒滝城は、北陸道の軍略上の要衝として重要な役割を果たし、中世の動乱期には、
「黒滝要害」と呼ばれるほど、越後守護上杉氏にとって重要な役割を果たしまし
た。特に上杉謙信が、反乱を繰り返す黒田氏を滅ぼした城として知られるほか、
謙信没後の「御館の乱」においては、要衝地として上杉景勝の勝利に貢献したこと
も、歴史に刻まれています。
黒滝城の規模はきわめて大きく、山上には要害、麓集落には城主や家臣、これに
ともなう家族や従者の舘・根小屋を構え、近くに剣ヶ峰(標高292m)の出城を
築き要害と近い距離で結ばれていたとのことです。
少し登っていくと、「大堀切(参ノ堀切)」が見えてきました。
突き当りは、深い谷になっています。

その脇の道を登って行くのですが、結構急です。綱を頼りに登っていきます。
道幅の狭いところや、急登が続きます。
結構きついです。


標高が一番高い(294m)所に「天神曲輪跡」があります。

天神曲輪跡は、33×16mの本丸があった場所です。天神像が祀られていたこと
からその名がつきました。
「討死将兵慰霊の祠」は後世に建てられたとのことです。

一番高いところまで来たので、今度は下ります。

下るとすぐに、「弐ノ曲輪」が見えてきます。
ここは、54×22mもある曲輪です。戦時に重臣の館があった場所と言われています。
今は、明るく広い場所なので、休憩場所として最適ですね・・・。


可愛い花もちらほら咲いています。


木々の生い茂る道を進むと、「桜井の曲輪と桜井戸跡」に出ました。

山の中腹を削り築かれた曲輪で、戦になると、登城した城主が居城した曲輪との
ことです。


桜井戸は、今は水が出ていませんが、昔は、この井戸には、豊富な清水が湧き
出て、山城に欠かせない水場だったようです。
どんどん下っていきます。

途中、左に下る「搦手道(からめてみち)」がありました。麓から登ってくる
ことが出来る道ですね。結構な草藪になっていました。


私はそのまま「大蓮寺曲輪跡」に向かいます。



開けた場所です。ここからは越後平野を一望することが出来ます。
戦の頃は、城を守る武士たちの待機場所になっていたようです。

風が通って、気持ちの良い場所です。
少し、景色を見ながら、ぼっーと、していました。
予定したコースの半分くらい来ました。
続きは、次回にします。